大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和28年(オ)1350号 判決 1956年9月18日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人吉永嘉吉の上告理由について。

原判決が、訴外後藤亀松は上告人らの先代内田鹿蔵からその所有の本件土地を売却処分する権限までは与えられていなかつたに拘わらず昭和九年六月二〇日鹿蔵の代理人として本件土地を被上告人に売り渡し、被上告人は亀松に売却の代理権ありと信じて買い受ける契約をした事実を認定した上、民法一一〇条を適用したのに対し、論旨は、原判決が、亀松が本人鹿蔵の実印を所持していた事実のみによつて被上告人において、亀松に代理権ありと信ずべき正当の理由があつたとしたのは違法であると主張する。しかし、原判決は、亀松のした本件売買契約につき表見代理の成立を認めるについて、単に同人が本人鹿蔵の実印を所持行使した事実のみによつていわゆる正当の理由ありとしたのでなく(この点論旨は原判示を正解していない。)、その外に、亀松の妻と鹿蔵の妻とは姉妹であり、亀松が鹿蔵夫婦より信頼を受け鹿蔵の渡米不在中、その委託により原判示の如きその小作地その他の財産の管理権を有し、原判示抵当権設定の村山講に対する債務その他の債務の整理、支払、納税など不在中のこと一切を処理しており、本件被上告人の小作地も亀松の管理するところであつたが、抵当債務弁済のため有利に売却する必要があるとして売り渡したものであること、本件売買契約においては、その前亀松が最初鹿蔵から預かつていた同人の実印を紛失していたため同人が米国から書面で改印届をなすよう依頼しこれに同封して実印を送付してきたので、改印届の済んだこの実印を使つて本件売渡証(乙三号証)の売渡人内田鹿蔵名下に押印して被上告人との売買契約を締結したこと、右売却代金はすべて抵当債務の弁済に充当することに予め抵当権者、亀松及び被上告人間に協定されその通り実行されたこと等を認定判示し、被上告人はこれらの事情と右実印所持の事情とによつて、亀松において売買の代理権あるものと信じた旨を判示した上、かく信ずるにつき正当の理由があつたものと判示しているのであること判文上明瞭であるから、以上原判示の事実関係からすれば、本件土地売買について被上告人は亀松が鹿蔵を代理する権限があると信ずるについて正当の理由があるということができる。従つて原判決がかく判断したことは正当であつて何ら違法でなく、論旨は理由がない。

なお、論旨は、本件土地は原判示坂田が多くの犠牲を払つて確保した土地であつて、他に共同担保たる土地があつて抵当権の実行を恐れる必要なく、急速に売却する必要なく、鹿蔵がこれを売却すべき筈なく、売却は甚だしく本人に不利に過ぎる等の事実を主張し、かかる事実あるときは、被上告人としては、亀松に売却代理権ありやについて疑念を抱くべきであり、他の代理人坂田にこれを確めなかつたのは過失であるから、正当の理由ありとした原判決は違法であると主張するけれども、これらの事実は原判決の認定しないところであるから、これを前提とする論旨は採ることができない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 垂水克己 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例